あおの世界は紫で満ちている

自分の趣味にどっぷり沈み込んだ大学生のブログです。歌舞伎と宝塚も好き。主に観劇レポートなど。

2023年六月大歌舞伎 (前編)

はじめに

今年の六月大歌舞伎が開幕するまでに、色々あった。それはもう、色々あった。

まず4月。演目が発表されてからわずか約2週間後、市川左團次丈が急逝された。菊五郎さんと予定されていた夕顔棚は幻となり、私はしばらく涙にくれた。

そして5月。詳しい事情は日本中の聞くところであるので割愛するが、梨園を揺るがす出来事があった。

もう、六月大歌舞伎は呪われでもしているのではないか、とまで思ってしまうほどである。昼の部の開幕を心から心配した。私の目当ては、贔屓の出る夜の部『義経千本桜』で、当初は夜の部のみを観劇する予定であったが、こう重なってはオタクとして居ても立ってもいられない。再開された幕見を総動員して、昼の部の観劇も強行した。

そんな、様々な思案入り乱れた六月大歌舞伎。今回はその観劇レポをつらつらと書き綴っていこうと思う。が、長くなったので昼夜で分ける。まずは昼の部について。

基本情報

六月大歌舞伎|歌舞伎座|歌舞伎美人www.kabuki-bito.jp

六月大歌舞伎 昼の部

一、傾城反魂香

              土佐将監閑居

              浮世又平住家

二、児雷也

三、扇獅子

 

主な出演者(敬称略):市川中車 中村壱太郎 中村芝翫 片岡孝太郎 中村福助

傾城反魂香 土佐将監閑居

近松作品は、好きか嫌いかと問われたら「嫌いでは無い」と言う歯切れの悪い回答をしてしまうことが多い。どちらかと言えば河竹黙阿弥派の私は、近松門左衛門に対し「好みじゃないけど、見ると上手いし面白くて悔しい…」と言う複雑な(?)感情を抱いている。これが悲劇ならまだ泣くが、喜劇だと退屈を感じてしまうこともあるくらいだ。

正直に言おう、『傾城反魂香』(通称:吃又)には苦い思い出がある。初めてこの狂言を見た時、うつらうつらと気を遠くしてしまったのだ。それ以来、苦手意識を持っていた。しかしそれが、今回で払拭された。

まず特筆すべきはやはり中車さんだろう。信じられない。彼が梨園に飛び込んでから約10年。たったそれだけしか経っていないのに、義太夫狂言で座頭を張れるだなんて……とんでもない努力を垣間見た。

10年…言葉にすれば僅か2文字だが…なんて、るろうに剣心でも言っていたけど、「男役10年」と言われるように、宝塚で10年と言えば一人前の目安にされる。ジャニーズでもJr歴10年なら大ベテランだ。でも歌舞伎だと違う。初お目見えが2歳、初舞台が3歳なんてことも珍しくない梨園では、芸歴10年でもまだ中高生。花形どころか子役も卒業してない時期になってしまう。そう考えると、中車さんのしていることがどれほどのことがわかって頂けると思う。

確かに踊りが硬かったり、体が重そうだったりと気になるところもないでは無いが、そもそも「香川照之」が「市川中車」として義太夫狂言に出ていると言うだけでも快挙なんだ…もうすごいよ……硬さや重さを補って余りある演技力は確かなものだし、やっぱり澤瀉屋の血だなぁ…猿翁さんにそっくりだよ…

澤瀉屋の血と言えば、言わでおかれぬ團子くん。ちょっと前まで顔に残っていた丸さがいつの間にか無くなって、すっかり今どきのイケメンになってしまって……明治座で立派に代役をこなしていたのは話に聞いていたけど、やっぱり一皮剥けた感じはした。少なくとも、前回生で見た去年の納涼祭よりもずっと成長してる。けど、もちろんまだまだ途上。これからも折れずに頑張って欲しいなって思う。と同時に、今は休める時にゆっくりして欲しいな。あの薄い肩に澤瀉屋が乗ってるんだと思うと泣けてくる…ゆっくりしてくれ……

あとはなんと言っても壱太郎さん!可愛かったぁ……どうしてこう、壱太郎さんが演じると誰でも何でもあんなに可愛らしくなるんだろうな不思議だ。

献身的に寄り添ってくれるけど、締めるところはきちんと締める。ハキハキして気持ちのいい女性なうえに、弱っている夫を1番側で支え続けるいじらしさ可愛らしさ……あのおとくに惚れない人はいないだろう。四代目のおとくはしっかり者の良い女房って感じだったけど、壱太郎さんのは気のいい奥さんって感じだった。違いが楽しめるのもまた一興だ。  

それと、やっぱり澤瀉屋と言えば寿猿さんですよ。もうお姿を一目見られただけで感動に震えてしまう…昭和5年生まれとは?いつまでもお元気でいてほしい。正座や立ったり座ったりが少しばかり辛そうだなと感じたけれど、お元気そうでなによりだった。

前回この狂言を見た時と今回とを比べて、どちらの完成度が高かったかと問われたら前者であると思う。役者の質や練度を考えると必然だ。特に最後、又平が舞う場面は、いくら稽古を積んだとて一朝一夕に幹部連中のレベルまで到達できるものでは無いよな…と感じざるを得なかった。

しかし、先程も述べたように、退屈しなかったのは後者である。なぜか?それはきっと、竹本葵太夫のおかげだ。

竹本葵太夫をご存知だろうか?歌舞伎ファンなら知らない人はいないだろう。言わずと知れた、竹本の人間国宝だ。この方は一声聞いただけで「あ!今日の義太夫は葵太夫さんだ!やった!!」と分かるほどに声がいい。それはそれは声が良い。マイクをつけているのかと思ってしまうほど鋭く会場に響き渡る声。高く低くうねり、感情とともにスっと耳に入ってくる浄瑠璃…上手なんてレベルでは無い。それこそ国宝級だ。

今月の吃又の義太夫は葵太夫さんであった。きっと、私が退屈しなかったのは前回観劇時よりも義太夫節を聞き取れるようになったことと、その義太夫が葵太夫さんであったことも一因であったと思う。

吃又は、個人的にあまり共感出来ない話だ。吃音だから師匠に認められず弟弟子に追い抜かれ、人にはバカにされた又平が、今世に望みなしと死のうとした時に奇跡が起こる。それを認められ苗字帯刀許され裃着けて姫を助けに行く。うん、わからん。けどこれが近松らしいファンタジックな世界観なので、やっぱり私は近松と相性が悪い(と思い込んでるだけかもしれないけど)。けど、もちろん好きな場面もある。

吃音の夫に変わって口の達者なおとくが立て板に水と話しまくる場面。滋賀に縁ができてからは、より楽しめるようになった「膳所」や「大津」の地名を盛り込んだ付け足し言葉の楽しいセリフ回し。絵が抜けたとびっくりする夫婦や、裃着けた又平が節をつけて舞う場面。そして最後のひっこみ、「もっと男らしく歩きなさいな」と、おとくが歩き方を指南する場面はほっこりする。何この夫婦可愛い、好き…。と、途中ウトウトしてしまったことは棚に上げて、盛大に拍手してしまうのが私の吃又観劇だ(寝るな最低だぞ)。

同 浮世又平住家

賑やか!!うわ、こういう舞踊劇大好き!…と、脳直感想失礼しました。

昨今、『吃又』と言えば『土佐将監閑居』を指すし、それ以外はあまり上演されない。この『浮世又平住家』は実に35年ぶりに歌舞伎座で上演される。『土佐将監閑居』の続きである。続きであるが、物語なんてもうどうでもいいくらいの勢いだ。頭を空っぽにして楽しめる。

前段で囚われた姫様を助けに行こうと、又平おとく夫婦が準備をしている時、その姫様が尋ねてくる。自分で脱出に成功し、逃げ出してきたのだ。追手の武士は家に踏み込んでくるが、又平の描いた大津絵が実体化して大立ち回りを繰り広げると言う奇想天外な展開だ。考えてはいけない。

役者が入れ代わり立ち代わり、くるくるとケレンを交えて登場する様は華やかで、藤娘姿の笑也さんはお美しく、鯰姿の新梧さんもお綺麗で、青虎さんの奴は勇ましく、猿弥さんの踊りは軽やかだった。

最後に鬼に扮したおとくが大立ち回りを演じ、取手の奴を翻弄する。この狂言1番のミソは、おとくが誰よりも強い事だろう。最高に面白い。後からやってきた又平は「腹が減った」と及び腰。そこでおとくは膳の支度をするが、これがまた面白い。奴を台に見立てて料理をし、机に見立てて飯を食う。最後は一堂に会して見えを切り幕。実に華やかで賑やかで、私が見たいと望んだ舞踊劇がそこにあった。もう楽しいでしかない。すこすこのスコティッシュフォールドである(???)。

口上と見せて劇は続く。続く児雷也と扇獅子に言及しようとするも、吃って上手く言えない又平の言葉を継いで全てを述べるおとく。最後まで笑い所に富んでいた。私が東京に住んでいたら、毎日一幕見席でこの場だけ買って通うだろう。それくらい楽しかった。

児雷也

そうはならんやろ!!!何この急展開!!お前ら誰やねん!!!なんで??なんでそんな???ふぁぁぁ????

と、私の脳内の大混乱を招いたのはこの『児雷也』だ。

夜道で宿を借りた先が許嫁の住む家で、妖術を掛け合っていたらいつの間にか移動し、気づいたら「お前に仇討ちのための秘術を授けよう」と言われ秒でそれを習得し、いつの間にか現れた武士と山賊と暗闇で揉み合ううちに姿を変え、仇討ちに向かう。なるほどわからん!1歩間違えばコントかと思うレベルに情報が渋滞している。それが凄まじいスピード感で流れていくので客は置いてけぼりだ。

なんで痣で「お前は許嫁!?」って納得できるん…あと児雷也お前ちょっと弱いねん…秘術ってそんな簡単に習得できるん…そんな、3歳の頃に親を亡くして20年越しの仇討ちとか記憶ないだろう……とか、ツッコミどころ満載だ。

でも、面白かった。これを「まあ歌舞伎だし」で納得出来るくらいには客も訓練されている(と思う)。

ただ、これは元の『児雷也』がなんだったか分からなくなってしまうくらい詰め込まれていた。去年の秀山祭『揚羽蝶繍姿』くらいの詰め込み様…演者が芝翫さんや孝太郎さんのような実力派でなかったらもう何が何だか分からなかっただろう。

児雷也』は蛙の妖術を使う義賊の話だ。妻の綱手はナメクジの妖術を使い、大蛇の妖術を使う大蛇丸も登場する。そう、『NARUTO』の伝説の三忍の元ネタだ。NARUTOもそうだが、「三竦み」は分かりやすくかっこいいので、その他のコンテンツにも登場する。

歌舞伎って難しそう…ってなってる人に「これがこの元ネタさ!」と示せるのは楽しい。

けど、今回の『児雷也』はちょっと分かりにくかったかなぁ……

扇獅子

こちらも愉快な舞踊劇。出てくる役者全員が綺麗すぎて、双眼鏡が割れるかと思った。

華奢な米吉さんや種之助さんは可愛らしいし、背の高い新悟さんや壱太郎さんは踊りが映えていたし、骨格のしっかりしている児太郎さんの踊りは迫力があった。

そして、何よりも福助さんだ。福助さんが登場した時の会場の暖かい拍手に少し涙腺が緩んだ。歩かなくても右半身を動かさなくても違和感の無い演出が、されていた。私としては、歌舞伎座の板に福助さんが立っているだけで満足なので感無量だ。いつかリハビリを終えられて、本格的に復帰される日が来ることを願ってやまない。

芸者が戯れに連獅子を真似るという趣向の『扇獅子』なので、世にも珍しい「女方の毛振り」が見られた。絶景だった。

米吉さんと新吾さん毛を降ってるんじゃなくて毛に振られてるの可愛らしかった。米吉さん女の子じゃん(定期)。

こたさんの元ラガーマンらしい体幹の良さが顕著に現れていたし、力任せにブンブン振り回していた種ちゃんは可愛かった。

女神と天使の空間がそこに広がっていた。なんだ、ただの天国だったのか。

ちなみに余談だが、清元連中の中で一際輝いていた清美太夫に心を奪われたのはここだけの話だ。終演後「あのイケメンの清元誰だ」と血眼になって名前を検索したのも内緒だ。

終わりに

一幕見席を駆使して通した昼の部。想像以上に良い観劇体験であった。

心配していた幕見席の見え方も思っていたよりずっと良かった。高い位置から見ることになるので花道は見られないかなと覚悟していたが、3等A席よりも七三は良く見えた。参考程度だが、自由席からの見え方はこのようである。

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2ヶ月ぶりの歌舞伎座遠征、無理をしてでも幕見を買って良かったと、そう心から思えた六月大歌舞伎昼の部だ。

 

我ながら駄文になってしまったな…後編は頑張ったよ!(え?)