あおの世界は紫で満ちている

自分の趣味にどっぷり沈み込んだ大学生のブログです。歌舞伎と宝塚も好き。主に観劇レポートなど。

『最後まで行く』本家との比較をしてみたよ!

 

はじめに

私は「リメイク作品」というものを好んでみることがない。基本的に本家が至高であると思っているし、とりわけ海外から輸入したリメイク作品に関しては積極的に観ようとは思わない。だから『最後まで行く』に関しても、少しだけ懐疑的であった。だが、それは杞憂に終わった。気づいたら映画館に通っている自分がいる。ここまでハマるとは思わなかった。事前の予想を、いい意味で最大に裏切ってくれた。『最後まで行く』は、私にとって最高の映画であった。

今回は、そんな映画についての、特に本家との比較についてをつらつら書いていこうと思う。

 

基本情報

『最後まで行く-HARDDAYS-』

出演:岡田准一綾野剛広末涼子 他(敬称略)

監督:藤井道人(敬称略)

脚本:平田研也藤井道人(敬称略)

配給:東宝

映画『最後まで行く』公式サイト│大ヒット上映中!!saigomadeiku-movie.jp

 

本家・韓国版『最後まで行く』

 ところで、読者様は本家版をご覧になっただろうか?もしNetflixに加入しているのなら簡単に見られるので是非とも履修することをオススメする。本家版を見るのと見ないのとでは、日本版の解像度も多少変わってくるだろう。

https://www.netflix.com/jp/title/80013285

 2014年に公開された『最後まで行く』は、非常にスタイリッシュな映画であった。泥まみれになったり血まみれになったりはするものの、それでも洗練された作り物である、という印象を受けた。この点から既に、日本版との違いが現れている。様々な違いがあるので、ここでは改めて韓国版のあらすじからなぞっていこう。

韓国版のあらすじ

物語は主人公であるコ・ゴンスが母親の葬式を巡る問題のストレスから逃れるために車を暴走させ、人を轢いてしまう場面から始まる。葬式に参列していたのでもちろん酒は飲んでいる。息をするように為される飲酒運転である。刑事と言う身分で人を撥ねるなど言語道断、100%捕まるそれは嫌だ。と言うわけで、死体をトランクに隠す。飲酒検問に引っかかり、抵抗したため催涙スプレーをかけられトランクを開けられそうになる危機もあったが、「コ・ゴンスは本物の刑事だ!」と証明できたあと、急に立場が逆転するのには笑ってしまった。交通課の人達、可哀想に……

なんとか死体を隠し、母と一緒に埋めたゴンスであった。しかし、刑事としての次の仕事でまたもや危機が訪れる。与えられたのは指名手配犯の捜索。その男こそ、ゴンスが轢き殺した男であった。さて、どうするか…と思っていた時、頻繁にイタズラ電話が掛かってくる。内容は「お前は人を殺した」という、ゴンスにとっては気が気では無い内容である。この電話をかけたのは、同じ署内の監察官であるパク・チャンミンでこいつが究極に悪いヤツだった。

チャンミンは、麻薬捜査官であった当時、押収した麻薬を着服し、それを元手に金を稼ぎ風俗店を経営し派手に儲けていた。その稼いだ金を預けた金庫の鍵を盗んだのが、例の死んだ男であった。

自分の財産を血眼で探すチャンミンと、自らの罪を隠し通したいゴンスの追い追われるクライムサスペンス。追い詰められた2人は壮絶な死闘を繰り広げ、チャンミンは息絶える。チャンミンの死後、明らかになった多くの不正に警察署内は上を下への大騒ぎ。その中で、上司に引き止められつつもゴンスは辞職し、警察を去る。そして、手に入れた金庫に向かい、想像を遥かに超える巨額の金を手に入れるのであった…。

これが本家のストーリーである。

文化の違い

さて、読んでいただくだけでも分かるように、だいぶ違う。もう、設定が同じだけの別な映画と言っても過言ではないくらい違う。けれどこれはもうしょうがない。

忠実なトレス<<<越えられない壁=文化の違い

これが、1番簡単な説明であると信じている。

だって、いくら近いとはいえ韓国と日本じゃ文化が違いすぎるんだもの!!!だから初期設定から違う。

韓国版ではお母さんは既に亡くなっているし、ゴンスは妻と離婚したシングルファーザーで妹夫婦と共に暮らしている。汚い金の水源は麻薬だし、ゴンスの行き着いた『最後』は巨万の富だ。なんでここまで変えた?と思うかもしれない。でもこれらは変えざるを得ない設定だ。

現代韓国において、最も主流の宗教はキリスト教である。棺に入れての土葬であるので初手が葬式の方がスムーズに別の死体を隠せる。しかし日本はどうか?大多数が仏教式の葬式を挙げ、基本的には火葬される日本において、初手が葬式では別の死体を隠す前に全部が終わってしまう。そう、前提が揺らぐのだ。

次に離婚について。現代日本においても、結婚した夫婦の3組に1組は離婚するとの統計が出ているそうだが、韓国の離婚率は52%とその比ではない。2組に1組は離婚している。よってシングルファーザーはそう珍しい話ではなく、さほどの危機ではないが、日本では十分な「危機」である。これを利用しない手は無い。改変も頷ける。

そして、隠し金庫の中身だ。韓国の麻薬犯罪の露見率、これもまた日本の比では無いらしい。きっと「悪=麻薬」の式があるのだろうと想像する。しかし日本ではそこまで一般的でもない。想像しやすく明らかな「悪の象徴」であるのはヤクザ屋さんであるだろうから、こちらにご登場いただくのが最も分かりやすい。

自国の価値観に合った内容にすること。それは、映画においては忠実な再現よりも求められることだと思う。現に私は、韓国版よりも日本版に感情移入できたし、日本版の方が好きですらある。だからこれは、大規模な原作改変と言うより必要な措置であったとすら感じられるのだ。

結局どうなん?

コ・ゴンスは工藤ほど薄汚れていない。家族に囲まれ幸せそうだし、汗だくになりながらダクトを這いずり回りホコリまるけになったりしない。危機は訪れるがなんだかんだ回避するし、あまり血も流さない。最後は棚からぼたもちを手に入れる。

パク・チャンミンは矢崎ほど狂ってない。ゾンビよりもゾンビな狂人ポンコツ殺戮マシン矢崎の狂気はチャンミンの数段上だ。本家では彼の内面描写はほとんどなく、本当に血の通った人間かな?と疑いたくなるくらいであったが、矢崎ほどの常軌を逸した様子はなかった。

もちろん、同じ部分もある。情に厚い同僚刑事や世渡り上手な上司。上からドラム缶は降ってくるし、去り際に爆殺しようともする。けれど、メインの2人がここまで違ったら、それはもう別の映画として楽しんでもバチは当たらないだろう。私個人としては、両方とも面白かったし楽しんで鑑賞できた。ただやはり、肌に合うのは日本版だし、だからこそ日本版の方が好き。それだけの話だ。

この感覚は、両方見なければ味わえないだろう。良ければNetflixを開いて見てほしい。こきっと後悔はしないだろう。

 

最後に

溜めに溜め抜いた観劇レポを完成させるよりも、そもそも映画の感想をあげるよりも早く、日韓比較をすることになるとは思わなかった。

正直これは殴り書きに等しいものであるし、後々読み返した時に恥ずかしくなる誤字脱字勘違いに溢れているかもしれない。その時は修正することを許して頂きたい。

書きたいものが沢山あるのに時間が追いつかない現状、とりあえずも『最後まで行く』に関するブログを1つ書き上げられたことには、少しばかりの満足を覚えている。この調子で溜めているものを書いてしまいたい……

 

と言うわけで、ここまで読んでくださりありがとうございました!また次のブログでお会いしましょう!デハマタ!