あおの世界は紫で満ちている

自分の趣味にどっぷり沈み込んだ大学生のブログです。歌舞伎と宝塚も好き。主に観劇レポートなど。

シャイロックの子供たち(小説) 感想

シャイロックの子供たち』 作・池井戸潤

新潮文庫 2008年11月10日

 

109日から井ノ原快彦さん主演WOWOWドラマ『シャイロックの子供たち』が放送される。松竹での映画かも決まった。私はV6のファンなのでもちろんみるけれど、最初は読むつもりはなかった。ただ、読了後の世界にいる友達がとても楽しそうに考察している姿を見て、本を買った。そして買ったその日に読み終えた。読み始めたら止まらない、読みやすい本だったし何より面白かったからだ。

 

以下、ネタバレを含む考察と感想を書いていく。

 

 

【感想】

最初は、オムニバスストーリーかなっと思った。副支店長・古川の話や、融資に苦心する若手の話が世界観の繋がりとともり展開されていくが、語り手が一定ではない。それに、ドラマや映画になるはずの話は3話から。

これはドラマや映画が脚色しすぎなのかな?とまで思ったがうじゃない。これは紛れもなくしがない窓際銀行員・西木雅博の話だ。

シャイロック。彼はシェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』に登場する悪役だ。主人公・アントーニオを逆恨みして高利貸しをし、払えなければ肉1ポンドを貰うと突きつけるも、その利を追いかけ続けたばっかりに身を滅ぼす。ただ、その姿は金貸しでしか生きていけなかったユダヤ人の背景や、娘にも愛想を尽かされて駆け落ちされたり、改宗させられてしまったりと色々考えさせられるところもあるし、私個人的にはベニスの商人いおいてシャイロックに対してはかなり好意的な印象を持っているが、この小説で描かれている「シャイロック」は「悪名高い高利貸し」という、世間一般的な考えであると思うので、そちらに合わせて読み進めた。

ヴェニスの商人』でシャイロックは自分の子供にも見限られて最後は1人になる。これは斜陽になりつつある『銀行』をシャイロック、そこで働きつつも疑問を感じたり『銀行』に対する裏切を行う『行員』をシャイロックの子供と例えてるのかなとも、最初は自ら身を滅ぼしながらも最後まで自分の信念に沿った本家シャイロックの亜種って意味かなぁとも思っていたが、最後まで読んでこれは違う、と考えを修正した。

1話から10話まで、一見すると直接関係ないかなと思われる話ですら全て伏線になってるのがとても衝撃で、全ての繋がりが頭の中で揃った時、パズルのピースがピッタリと埋まった時のような気持ちがした。

 

【1話】

これは銀行に対する不信をしっかり体現し、そして自らの身を1番大切に守った人の話だ。

小山さんはパッと見は不甲斐ない新人だけど、その実1番先見の明があるし、いちばん健全だと思う。頭の固い古川さんといい対比になってるし、この後出てくる「不信を感じつつも銀行でしか生きていけない人」との対比にもなってる。

自分の出世にしか興味がなく、部下を奴隷のように扱う古い銀行体質が染み付いたままで、自分が茹でガエルになってることにすら気づかない古川と、あくまでも自分の確固たる意志の元行動していた小山のどちらが正しいのかは、銀行の立場に立つかはたまた個人の立場に立つかで変わってくる。

しかし、本質はそこじゃない。1話にこの話を持ってくることで、読者は無意識に「小山さん」のケースを土台で考えるし、ステレオタイプの銀行員がどのようなものかを印象付けられ、長原支店の癌がどこにあるかを知ることが出来る。

 

【2話】

1話とは反対に、銀行に全てをかけて銀行に報われた人の話だ。海外勤務を希望しながらも自らは出世街道から外れかけている、背水の陣のバンカー・友野が、唯一の大口融資を取付けられるか否かが描かれている。追い詰められて追い詰められて、最後に報われる姿があって良かった。

これは後の遠藤さんのケースとのいい対比になるし、銀行の頭の硬さや長原支店の目先の利益に盲目になる、まさに「シャイロック」と同じ状況を体現してる。

ここでは融資をする時に必要な稟議書を用意するのがどれほど大変なことか、家庭を背負ったバンカーがどれほど追い詰められているかがよく描かれており、読者はまた一層「銀行」に対する印象を操作されていく。

 

【3話】

ここから『100万円紛失事件』が始まる。

一日にやり取りした現金の精査をした時、100万円が無くなっていることが発覚する。ゴミを漁れどATMを確かめれど、無いものは無い。そんな中、お金で苦労している北川愛理のカバンの中から100万円を束ねる帯封が発見される。ほぼ全員から疑われるも、上司の西木雅博だけは「愛理がやっていないと言うならそれを信じる」と、愛理を全力で庇う。そして管理職の行員からお金を出させ、100万円を『発見』したとして一応の着地をした長原支店だが、西木だけは諦めない。指紋採取をしたり、行員を観察したりして、まずは愛理のカバンに帯封を入れた人間を突き止める。

やっと登場する西木雅博は、組織の中で目立たない存在だ。「ひょうきんでだらしのないお調子者」周りからはそう思われている。しかしその実、1番食えない人物なのが西木さんだと思う。自分の得にはならない犯人探しをしたり、部下をきちんと守るその姿は、銀行員にしてはいい人すぎると思うほどだ。愛理や田端、三木など、重要人物が一気に登場するのも3話からだ。オムニバス形式なのは変わらないが、ここから『100万円紛失事件』を中心にストーリーが展開される。

 

【4話】

普通に泣きそうになった辛すぎる。遠藤さん幸せになって欲しい

成績が伸び悩んでいる遠藤は、大口の顧客を見つけたと勇んで日参する。そんな中、「社長を紹介する」と上司と連れ立って取引先に向かうも、そこは神社。

遠藤さんは、精神を病んでしまっていたのでこんな事が起きたと考えられるけど、これは後の架空会社問題の伏線だと思う。途中まで、遠藤さんの取引先を疑う人はいなかった。それに上司・鹿島さんの騙されやすさを描いているのかとも思う。部下思いで疑うことを知らず、「あぁこんな道もあるのか」って狛犬の前まで来た鹿島さんの感の鈍さも相当だなと

 

【5話】

この話をよく読むと「西木さんが赤坂支店にいた」ことが書かれてる。そこで「最初の1年は輝かしい成果を得た」ともある。もし、西木さんが滝野さんのように石本さんの1000万を受け取る選択をしていたとしたら?

組織の中で成果をあげられなかった西木さんが唯一輝けていたのが「赤坂支店での1年。」その後、後任の上司との折り合いが悪かったとあるけど、後任の支店長が本当に優秀で不正を働けない状況を生み出せる人だったとしたら?「悪い上司はみんな古川さんのようなタイプの人間だ」という1話からの無意識の刷り込みがここで働いているのかもしれない。

 

【6話】

西木さんが色々調べていることが分かるけど、もしかしたら最初、西木さんは犯人が誰か分からなかったのかもしれない。

ただ、滝野さんが犯人だと分かる江島工業がペーパーカンパニーだと分かる石本がいることに気づくかつて自分も1000万を貰っていたのですぐに勘づく

としたらどう?

 

【7話】

「銀行レース」の話はなぜあるか。それは西木さんが「自分の人生を丸ごと賭ける」ことの暗喩ではないかなぁと思ったり。あと、不正はいとも容易く行われてしまうってことの直喩かもしれない。

 

【8910話】

ここで急転直下、全てが解決する。全部の伏線が回収されて、読者は池井戸潤に騙されていたことを知る。

田畑さんが見かけた滝野さんと愛理ちゃんの「金庫を閉めたので受け付けられません。」「ルールがどうのこうの」のやり取り。これは以前なら西木さんが担当してたんだなぁって思う場面がある。西木さんは滝野さんの事情を知っていたんじゃないかな。かもしくは「不正の上に成り立つ銀行」の本質を理解していたんだと思う。だから滝野さんは今までのようにスムーズに金庫を開けてくれなかったり、手続きをなあなあにしてくれない愛理ちゃんにイライラした。そんな融通が効かない愛理だからこそ100万円を盗むなんて有り得わけだけど。

 

「西木さんを殺した」と証言した滝野さんは、その殺害に加わってない。だから西木さんの安否は不明だし、殺害したと言っている石本は行方不明。これは、西木さんの生存を示すものだと思う。赤坂支店時代の西木さんと石本さんに繋がりがあり、石本さんは息をするように1000万をバンカーに渡せる人だと考えると、やっぱり西木さんも1000万を貰ってたと考える方が妥当かなと。「傷のない戸籍でも売り買いする人がいる(要約)」の晴子さんの考えの通り、腐乱した40代と思われる死体は生きることを諦めた第三者の死体だと思う。これは西木さんの代わりに死んだ誰かの死体。

 

西木さんの子供は中学生と小学高学年なのに、デスクの写真は幼少期のものだったことは、西木さんの中で家庭が56年前で止まってるからじゃないかな。この意味では、西木さんは滝野さんより家庭を大切にしてなかったのかもしれない

 

【まとめ】

強欲にお金を追いかけて身を滅ぼした「シャイロック」滝野さん。実の親であるシャイロックを避難してまんまと物語から退場する「シャイロックの子供たち」西木さん。

確かに映像化する時の主人公は西木さんだよなぁと思いました。

池井戸作品あんまり読んだこと無かったけど、やっぱりすごく上手だなぁとしてやられた感じで少し悔しい途中までは先の展開読めるなぁと思ったり、話ごとに見れば予想通りの展開だったり、最後に書きたかったことも分かったりと、多少詰めの甘いところもあったけど、それ以上に伏線回収が上手で入り込める作品だということだと思う。

休憩を挟まずに一気に読み上げると、話も分かるしスイスイ読める。ただ、11話ゆったり読もうとすると、誰が誰だか分からなくなったりおさらいのために前のページに戻らなければならないかも。

残された謎も少なくなかったり、登場人物が多すぎたり、意図が見え見えな部分もあるけれど、伏線回収の上手さや心情描写の巧みさはさすがだなと感心しました。

 

映像化されることで気になってる人にはぜひ!読んで損はありません!

以上、読了後の走り書きでした!